【横塚裕志コラム】BAの役割を日本でも明確に定義するべき

小さな改善レベルではなく、大きなビジネス変革を起こすDXにおいては、BA(ビジネスアナリスト)が果たす役割がかなり重要だということを声を大にして主張したい。その理由は以下の通りだ。

  1. BAの役割(業務)
    BAの役割は、抽象的なビジネスニーズを受けて、その「目的」を明確に定義し、それを実現するためのデジタル技術を使った新しい実現方法を具体的に描き、それを動かす「システム要件」をソフトウエアが開発できるレベルにまで具体的にブレークダウンすることだ。ビジネス側の人間とソフトウエアエンジニアの間で、合理的で効果的な実現案を論理的・構造的に分析し言語化する業務だ。その業務を私が経験した具体的な事例で書いてみよう。少し古いが、2004年に保険会社が「お客様からいただく保険料をキャッシュレス化したい」というビジネスニーズをケースとして取り上げてみる。

    ① ビジネス要求
    キャッシュレス比率を100%にすることが改革効果を最大にするので、「現金も併用したい」とするビジネス部門と議論し説得する。100%を実現するための領収方法を多くの選択肢から「口座引き落とし」に決め、その業務プロセスを設計する。例外処理ケースのプロセスも設計する。移行期間や移行措置を決める。
    ② ステークホルダー要求
    現場の代理店と打ち合わせて新プロセスを設計する。社内の会計部門と打ち合わせ新事務プロセスを設計する。明治以来の「現金のみ」という制度を変更する必要があるので、金融庁担当部門と相談。金融機関との事務プロセスや手数料の打ち合わせを担当部門と相談。
    ③ ソリューション要求
    新プロセスと移行期間のプロセスが、既存の情報システム体系のどこに影響を与えるかを分析し、既存のソフトウエア修正のための「要件書」を作成。加えて、新規開発のソフトウエアの「要件書」を作成。

    ざっとその概略を書くことで、BAの役割が必須の存在であることが理解できる。小さな改善レベルであれば構造的な変革はないのでBAの必要性は薄れるが、大きな変革であれば最重要ポジションだ。だから、このBAの存在を明確にしていない日本の状況に危機感を覚える。
  2. 日本でのBAの認知の状況
    経産省・IPAが作成した「デジタルスキル標準」(2022/12)に「DX推進スキル標準」があるがBAの記述はない。しいて言うと、「ビジネスアーキテクト」と「デザイナー」という役割の記述の中に、BAの要素が一部記述されているようにも見える。また、ITを中心にしたメディア、コンサル会社、ITベンダーからのBAに関わる発信はあまり見ない。
    なぜ、これほど日本で認知されていないのかは私には不明だ。
  3. BAが認知されていないことの問題
    〇 BAという業務がスルーされてしまう問題
    ビジネスニーズとソフトウエア開発の間にやるべき業務が多く存在する。それがBAの役割だ。この認知がないということは、このステップの業務を省略するか軽視することになり、ビジネスニーズが効果的に実現されない可能性が高い。ITに投資したものの思った効果が出ない、あるいは、システム開発が目的になってしまい、ビジネス効果が出ないということも多く散見される。特に、BAの役割を実質的に担っているシニアSEを社内に持たない企業・機関、例えば、政府・自治体、システムをアウトソースしている企業などは、外部のコンサルティング会社やITベンダーにソフト開発の業務を委託しているが、BAの業務が実施されているかどうかは不明だ。お互いに認知していない業務が適切に行われているとは考えにくい。

    〇 BA人材育成が難しい
    BAという能力を持つ人材を育成することが難しい。社内に業務として認知されていない人材を育成するのは難しい。学んだとしても業務につけないのでは意味がないし、学ぶことへの組織的な支援も難しい。しかし、重要なポジションであり、多岐にわたる能力を必要とする業務なので、BA人材育成は日本にとって大事な施策だと思う。現状では個別の限られた取り組みが行われているに過ぎない。欧米でのBAが大勢集まるコンファレンスの情報に触れると、その彼我の差に焦りを感じる。
    BABOKという知識体系やその資格制度はあるが、BABOKの資格を取ったからと言ってBAの役割を果たすことができるわけではない。
    リスキリングとかDX人材とか騒ぎは大きくなっているようだが、肝腎のBA人材育成を疎かにしたままDXが起こせる国になれるとは思えない。
  4. 変革の全体構造を俯瞰
    「変革を実行する」という構造を俯瞰すると、①変革モチーフ ②デザイン ③開発 ④実践という構造になっている。このうち、「②デザイン」がBAの役割だが、ここが軽視されているのだ。どう考えてもまずい状況だ。巷には、③だけの変革や③④だけの変革など、偽物が横行していて単なるIT化に留まっている。
    何とか日本にBAの役割を定着させていく必要があると思う。よく日本企業の状態を「思考停止」と表現されるが、①②が思考のステップであり、ここが省略されてしまっている状態なのだろう。難題だが、挑戦していきたいテーマだ。

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