【横塚裕志コラム】ソフト開発は ソフト開発だけが目的ではない

ソフトウエア開発という仕事は、ソフトウエアの開発だけがその目的ではない。ソフトウエアの特性が論理的な構築物であるがゆえに、ソフト開発プロセスでは自然と論理的に俯瞰的にビジネスを分析することになり、ビジネス施策をより効果的な案に改善する効果を発揮している。しかし、そのことはあまり語られていない。私は長いSE経験のなかでこの重要な役割を実感するとともに、この役割を果たせることがまさにSE冥利に尽きると胸躍らせたものだ。これは、DXやイノベーションにおいてはより大事なことになるので、このコラムで書こうと思う。

1.ソフトウエア開発という仕事が、ビジネス戦略を実現するための「効果的なビジネス施策」策定をドライブする

戦略はそのアイデアだけでは実際の現場を動かすことはできない。戦略をさらに具体的な施策にブレークダウンして、実際の現場が動けるような形にしなくてはならない。例えば、組織ごとの仕事の役割や仕事の内容を定義し、そのやり方も決める。また、他のステークホルダーの関与や支援の方策も決める。
ここで特徴的なのは、戦略は「感覚的な問題意識」や「こうしたいというイメージ」であることが多く、一方で、具体的な施策は「論理的」な検討が必須だということ。この二つのギャップをつなげることができるのがソフトウエア開発という手段だ。ソフトウエアは論理的な構造物であるゆえに、ソフトウエアの内容を俯瞰的に、論理的に検討することが、「施策」を論理的に検討することをドライブする効果を持つのだ。

その理由は二つある。

① 戦略を企画する人、その施策をデザインする人、ソフトウエアをデザインする人の3つの機能の専門家が協働することで効果的なソフトウエアがつくれるが、そのことは、3つの機能が密に対話することを促す。その密な対話が、戦略や施策をも深いものにしていく効果を発揮することになる。

② 戦略、施策、ソフトウエアは、未知のものである故に、左から右へ順に考えられるものではなく、ソフトウエアまで考えてみてまた戦略に戻ったり、施策から戦略に戻ったり、ぐるぐる回りながららせん階段を上っていくという検討プロセスが必要となる。このプロセスをソフト開発がドライブする。特に、SEが持つ論理的な構想力が、戦略や施策の検討が不足している点や矛盾している点を可視化することになり、戦略プログラム全体の品質が大きく上がっていく。「アジャイル開発」のプロセスには、ビジネスとの対話やらせん階段プロセスが組み込まれているので、まさにこの効果を実現できるフレームワークだ。

単に手作業での仕事を計算機に代替するという古いシステム化のときは、戦略を考えたうえで、ソフトウエア開発を委託するという左から右の順で事が進んだ。しかし、インターネットの時代から未知の価値を生むことを目的とするデジタル化が求められており、今までのような一方通行な順では効果的な検討ができない状況になっている。日本ではいまだに「ビジネス側がSEにソフトをつくらせる」という表現を使う人が時々いたり、「ビジネス側がSEに丸投げする」という現象が起きたりしている。そういうケースはほとんど、「戦略のための具体的な施策」が検討されず、ソフトウエアを開発するだけの目的で終わってしまい、実はソフトウエアが計画通りに価値を提供することができずに終わっていることが多いようだ。

2.現場に新しい価値が生まれていく状況を促し、測り、改善するフィードバックサイクルを実施する

ソフトウエアの開発が終了し、実際のサービスが稼働し始めるところから、フィードバックサイクルを回し、効果の実現に取り組む仕事を始めないといけない。新しい価値を提供するお客様、そしてそこに関わるステークホルダーの方々の実際の動きをセンシングしながら、目的実現に向けた活動を展開する。
効果を最大限にするための施策、お客様へのPR、ご案内方法、告知内容などや、ステークホルダーへの連絡、協力の依頼、またソフトウエアの修正など、改善活動を行うことで、予定の投資効果が実現できる。
そのためには、稼働後の価値提供の状況を測定する仕組みをソフトウエアに仕込んでおくことも必要だ。また、ソフトウエアや新プロセスのライフサイクルの検討、あるいは、ソフトウエアの稼働停止時の対応などをソフトウエアの中身を詰めると同時に検討しておくことも必要だ。

以上、ソフト開発が持つべき目的を明確にした。「ソフト開発」を単なるシステム開発プロジェクトと見るのではなく、「価値を届けるプログラムを構成する一つの要素」ととらえ直すことが今求められている。価値が実現できなければシステム開発プロジェクト単体の品質など意味がないのだ。
また、ビジネスとSEという単純な構図では足りない役割が多くあるということがわかる。そして、ビジネスとSEが上下関係だと考えることの危険性がはっきり見えてくる。もっともっとデジタルが実現する「価値」に着目して、具体的な施策の有効性をSEの論理的な思考からレビューする重要性を認識すべきと思う。それがデジタルを理解するということであり、デジタルを競争力の道具として活用できる土壌となるのではないだろうか。

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