【横塚裕志コラム】デジタルは企業と顧客の距離を縮めたか

1.デジタルで企業と顧客が遠くなっている

この2、3年で、私個人の身の回りのことが企業側の要請でデジタルに変わり始め、あまりいい感じがしていない。例えば、以下のことが起きている。

  • 電力会社からの要請で、毎月の電気料金をWEBで見るように切り替えた。しかし、電力会社が使う専門用語がよくわからないうえに、操作方法などが複雑で、どこにIDを入れていくのかもわからなくなり、結局、電気料金もわからなくなった。
  • 保険会社からの要請で、自動車保険の証券をWEBに誘導された。しかし、契約後は保険会社とのアクセスは一切ないので、WEBで操作できるかが不安だ。
  • 旅行で定宿にしているホテルから、アニバーサリーの特典などの連絡はLINEで行うのでLINEに加入するように言われた。そうしないと特典制度は受けられないと高圧的に言われ、不愉快になって断った。誕生日の特典が使えなくなった。
  • 銀行からオンラインサービスの利用を促され、そして、支店に来るときは事前に予約するように言われている。さらに、支店が廃止されて遠くなり、どんどん銀行との心の距離感も遠くなっている。

ここに書いたことは、70歳を過ぎた老人のたわ言に過ぎないが、紙よりオンラインが地球のためには良いとは理解しているし、デジタルで便利になったということも否定はしないが、しかし、結果として、企業と顧客との距離は近くなっているようには思えない。むしろ、距離が遠くなっていると感じる。これでいいのだろうか。

2.デジタル化は何のためにあるのか

私個人の感覚とは言え、デジタル化が企業と顧客を遠くしているようでいいのだろうか、というのが私の問いだ。
上に書いた事例から読み解くと、電気料金にしろ、保険証券にしろ、銀行手続きにしろ、企業側から見ると「事務処理」であり、コストを下げる対象であり、紙を削減する対象だ。だからそれを済々と執行しているという感じに見える。
しかし、企業側から見ると「単なる事務処理」でも、顧客側から見ると「大事なこと」なのだ。お金を払って得た商品そのものが、デジタルという見えにくく遠いものになっていることに不安を覚えているのだ。顧客に不安を与えていいのか、という問題だ。企業側はシステムをSoRとSoEとに分けて考えている風潮があるが、顧客にとっては、システムそのものが商品の一部を構成しているのであり、事務的とかという区別はなく、すべての体験が商品なのだ。だから、顧客の体験をもっと注意深く考えることが必要だと思う。

3.デジタルの特徴を考える

デジタル化はぜひ推進すべきテーマであることは間違いない。しかし、実施するにあたっては、以下に書くようなデジタルが持つ特徴をよく理解したうえで取り組まなくては効果が出ないように思う。やみくもにデジタル化してしまうと、かえって逆効果で、企業のブランドを下げてしまう結果になりかねない。

(1)顧客にとってのデジタルの特徴

  1. 紙とデジタルでは、受ける感じがだいぶ違う
    私の個人的な感覚だが、紙の場合は電力会社・保険会社が作成したものと思ってみているので、その内容についてはあまり気にならない。しかし、それがデジタルになった途端に意味が大きく変わる。自分のスマホやPCで、自分で操作して手に入れるものなので、その内容は俄然「自分ごと」になる。その結果、難解な専門用語や聞きなれない言葉が出てくると大きなストレスになり、「なんだこれ」となり、企業との距離が遠くなる。企業側はデジタルとはいえ紙と同じものを単純に表示しているつもりだろうが、顧客の受け止めは違っている。もっともっと優しく温かいデジタルにすることを考えてほしいものだ。ライバルとの差がはっきりしてしまう機会でもありリスクでもある。
  2. 家族と共有しにくい
    デジタルツールは個人用なので、紙がテーブルの上にあるのと全然違う。保存の仕方も違うので、本人にもしものことがあった時の対処など、新しい文化をつくっていかないといけない。
 

(2)企業にとってのデジタルの特徴

顧客と直接つながることができる絶好の機会ととらえることができる。それは、逆に顧客側から見ると、デジタルによる顧客ジャーニーがすべて商品の一部を構成してしまうということだ。だから、うまく顧客体験がつくれれば成功だし、嫌われたら顧客を失うリスクもある。
そこで重要な視点は、紙をデジタルに置き換えるだけではデジタルの意味がない、ということだ。小学生の教科書を単にデジタルにしただけでは、学びの質は変わらない。個人別のきめ細かい指導を可能する、とか目的を持って新しい文化をつくることがデジタルの本質だ。
デジタルを使って、何を実現するのかの目的が重要だ。それは、その会社が「何の会社か」という本質的な問いへの答えをつくるようなものだ。自社の強みを徹底して押し出す戦略をつくってみてはどうだろうか。

他のDBIC活動

他のDBICコラム

他のDBICケーススタディ

一覧へ戻る

一覧へ戻る

一覧へ戻る

このお知らせをシェアする