【横塚裕志コラム】アジャイルチームが「顧客ファースト」に企業文化を変える挑戦~プロ人材シリーズ③

ある企業グループのシステム会社が「アジャイルチーム」をつくり、そこに属するプロたちが、その企業グループの企業文化を「プロダクトアウト」から「顧客ファースト」に変えようとする活動をしている。その奮闘ぶりをレポートする。

1.「アジャイルチーム」の野望

商品やサービスを開発するときに、伝統的な企業が古くから採用してきたモデルは、企業として作りたい製品を開発し、市場に販売するという「プロダクトアウト」という考え方だ。しかし、モノがあふれお客様が商品を選ぶ時代では、顧客にとっての価値をつくるという考え方「顧客ファースト」でビジネスをしなければ成功しないというのは世界の常識になっている。このモデルは、まさにイノベーションの神様であるクレイトン・クリステンセンが言う「Jobs to Be Done」と同じ趣旨だ。そして、このモデルを具体的に実現する方法論が「アジャイル開発」という「仮説・検証」型のプロセスだ。

この「プロダクトアウト」は企業の歴史を長年にわたってつくってきた根幹の企業文化なので、それを変えようとすることは並大抵のことではできない。そこで、この「アジャイルチーム」は、ビジネス部門が新規の商品やサービスを開発するとき、また、お客様とのプロセス改革を行うときには、「アジャイル開発」というプロセスを実践し、「顧客ファースト」と「仮説・検証」を体感する取り組みを行っている。「アジャイル開発」の体感を梃にして、ビジネス開発自体を「プロダクトアウト」から「顧客ファースト」に変えていきたいとの熱い想いだ。

2.社長・役員・ビジネスオーナーへの説明

「顧客ファースト」は思想とか文化なので、それを経営陣、ビジネスオーナーが理解する必要がる。そこで、「アジャイル」のプロが全員に説明している。

  • 社長・役員:一人ずつ、2時間かけて対話しながら説明している。社長から2時間いただくことは珍しいことだが、みなさん関心を持って聞いていただけるとのこと。
  • ビジネスオーナー:実際のプロジェクトで「プロダクトオーナー」を担当いただくので、趣旨説明に加え、ペルソナからの顧客中心の開発モデル、アジャイルの仮説・検証プロセスを具体的に説明する。

3.実践

年初に、アジャイルチームの一定の開発工数と一定の委託費予算を確保し、その範囲の中で1年間、多くのオーナー部門との共同開発を行っている。新商品もあれば、顧客とのデジタルプロセスもあるようだ。

4.現実の課題

(1)ビジネスオーナー

  1. 顧客の側に立つことすら難しい
    「プロダクトアウト」の文化が身を覆っているため、顧客の側から考える習慣がない。ペルソナと言われても、わが社は広く全家庭に販売しなくてはならないのだから、例えば、「夫と子供二人という家族構成で、釣りが趣味、横浜市に居住する年収600万円の35歳女性」に対象を絞って考えるということ自体の意味がわからない、という感覚。
  2. 顧客の「Jobs to Be Done」を探求することができない
    顧客をどのようにして観察するのか、観察して課題を感じることができるのか、など、プロのデザイナーでなければできないようなことを素人ができるわけがない。
  3. 忙しくてプロジェクトにあてる時間がない
    日々忙しいので、顧客の課題を考えるべきということは理解しても、それに費やす時間が持てない。上司からは、早く仕上げろとしか言われない。
  4. 忙しくて「学ぶ」時間がない
    日々忙しいので、デザイン思考やビジネスモデルキャンバスなどをしっかり学びたいと思うが、時間が取れない。
  5. 4年で転勤するので、「アジャイル開発」を学んでも意味がない
    何かを深く学ぼうとしても、この部門には4年しかいないことがはっきりしているので、そのモチベーションは湧かない。
  6.  
  7. 1年での成果を求められるので、時間をかけた取り組みは理解が得られない
    人事制度上、1年間の成果を売り上げや実現したことで評価されるので、例えば、顧客の課題を深く探究するというプロセスは評価されないので、実行しにくい。
  8. 上司から指示された案件で、そもそも自分がやりたいことではない
     上司からアサインされたテーマなので、仕事だからやるが、どうしても自分として頑張ってやりたいことではないので、力が入らない。

(2)社長・役員

  1. 「顧客ファースト」という企業文化がに腹落ちしていない
    スローガンとしては受け入れるが、元々の経営方針として、売り上げ目標を掲げ、それを実現するための施策を打ち、コストを削減し、開示が義務付けられているSDGssや人的資本経営などの課題も済々とこなすことは、従来と変わりがなく、「顧客ファースト」のアジリティが高い経営とは何かを考えるところまでは必要性を感じていない、あるいは実現するための方法論や具体的なアクションがわからない。
  2. 「顧客ファースト」に半信半疑
    「顧客ファースト」の考え方での成功体験がないので、思い切ってそちらに経営のかじを切る決断ができない。

5.「アジャイルチーム」の奮闘を応援したい

現実の課題は多いようだが、「顧客ファースト」への変革の切り札は「アジャイル」マインドセットを文化として根付かせるしかないと考える。企業文化の変革は、スポーツに例えるなら、野球に慣れ親しんだチームをサッカーに切り替えるようなもの。時間と労力はかかるが絶対に必要なこと。山が大きく動き出す時期がきっとくる。役員の一人が、命がけでこれを駆動し始めたら、一気に動き出すことだってありうる。  頑張って続けてほしい。心から応援している。

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