【横塚裕志コラム】経理業務にAIを導入してみた

1.ITベンダーなのに、支払いは昭和だった

昨年、あるITベンダーのイベントで講演を依頼された。講演自体は無事に終わったのだが、その後の支払い手続きで少し驚いた。
まず請求書を提出してほしいと言われた。さらに確認すると、月末締め翌月末払いとのことだった。講演したのは月初だったので、実際に入金されるのは約2か月後になる。私は思わず苦笑してしまった。
相手はDXやAI活用を提案しているITベンダーだ。しかし支払いの仕組みは、私が若い頃とほとんど変わっていなかった。もちろん、その会社だけの問題ではない。
多くの企業では今も当たり前に行われている商習慣だ。
しかし最近、AI活用事例を見ていると、私は同じような違和感を覚える。

最近、AI活用事例を見ていて不思議に思うことがあった。AIで請求書作成を効率化した。AIで経費精算を効率化した。AIで支払処理を効率化した。
しかし、どの事例も請求書そのものは残っている。月末締めも残っている。
私には、「馬車をAIで速く走らせている」ようにも見える。
そこで一つ思考実験をしてみたい。

2.AIで経理業務を効率化した会社

この会社では、従来の業務プロセスは変えなかった。

  • 月末になると、取引データを集計する。
  • AIが請求書を作成する。
  • 取引先へ送付する。
  • 請求書が届くと、AIが内容を確認する。
  • 支払申請書をAIが作成する。上司への承認依頼もAIが行う。
  • そして翌月末に支払いを実行する。

従来は経理担当者が何日もかけて行っていた作業が、数時間で終わるようになった。
担当者は喜んだ。経営者も満足した。確かに生産性は向上した。
しかし、よく見ると不思議なことがある。
仕事は速くなったが、「月末締め翌月末払い」という商習慣は何も変わっていないのだ。価値はすでに提供されているのに、お金は1か月以上後にしか動かない。
AIは導入されたが、仕組みは昭和のままだった。

3.AIネイティブで考えた会社

別の会社は、少し違う問いを立てた。「AIで経理を効率化するにはどうすればよいか」ではない。「AIがあるなら、そもそも月末締めは必要なのか」と考えたのだ。
この会社では、契約・発注・納品・検収の情報がすべてデジタルで管理されている。
AIはそれらを常時参照している。
そのため、検収完了と同時に支払処理が自動的に始まる。

月末まで待たない。請求書を発行しない。経理担当者が集計もしない。
AIが契約内容と実績を照合し、条件を満たしたら自動的に支払う。価値が提供されたら、お金も動く。極端に言えば、それだけだ。

4.AIが問い直しているもの

多くの企業は、AIを「業務効率化ツール」として見ている。それは間違いではない。しかし、本当に大きな変化は別のところにある。
AIは、人間が行ってきた情報処理をほぼ瞬時に実行できる。
だからこそ、

  • なぜ請求書が必要なのか
  • なぜ承認を何段階も通すのか
  • なぜ月末まで待つのか

という問いが生まれる。
これらは、紙と郵送と手作業の時代には合理的だった。
しかし、AIが前提になると、その存在理由そのものが揺らぎ始める。

5.必要なのは「AIを使える人材」ではない

多くの企業はDXで業務をデジタル化した。しかし、月末締めも、請求書も、検収も、発注書も残った。今、多くの企業がAI導入を進めている。
しかし、AIで速く処理するだけなら、それはデジタル化の続きに過ぎない。
本当に問われているのは、AIを使うことではない。
AIが前提なら、この取引はどうあるべきかを問い直すことだ。

こうした問いを立て、顧客価値や事業価値の視点から業務を再設計する人材を、私はBA(Business Analyst)的人材と呼んでいる。
BA的人材は、単に業務を分析する人ではない。業務の存在理由を問い直し、新しい前提で仕事の仕組みを構想できる人だ。AI時代に必要なのは、既存業務を改善できる人材ではない。AIを前提として、業務や組織のあり方そのものを再構想できる人材だ。
そして、その役割は情報システム部門だけのものではない。経理にも必要。人事にも必要。営業にも必要。あらゆる部門に必要だ。

効率化だけの企業と、変革を実現する企業の差は、技術の差ではない。AIツールを使える人材の数でもない。
この仕組みを大きく見直したい、と思うリーダーが存在すること。AIネイティブで仕事を再設計できるBA的人材が内部に存在すること。
AI時代の競争力を決めるのは、その二つが出会えるかどうかなのではないだろうか。

DXで十分な変革が起きなかったという事実は、私たちに一つの問いを投げかけている。変革を望むリーダーは存在したのか。そして、その構想を具体的な業務やシステムに落とし込めるBA的人材は存在したのか。
もし両方が存在していたのなら、なぜ出会えなかったのだろうか。

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