第1部の講師は警察官ご出身で現在は陸上自衛隊海外派遣部隊のミッショントレーナーも務める株式会社ZOAS代表取締役の浅野竜一様。危機管理コンサルタントの視点から「変わるではなく、変われる組織作り」をテーマにイノベーションについてのワークショップを行いました。記事の後半では第2部と第3部の概要もお伝えします。本レポートでは内容を再構成してお伝えします。 浅野 竜一様
浅野:私は千葉県警察官としてキャリアをスタートし、退官後にアメリカに渡ってボディーガードのトレーニングを受けました。渡米前はフィジカルな訓練が中心だろうと予想していたのですが、行ってみると体系化された学問があって、リスクマネージメントやクライシスコントロールについても学ぶことができました。 日本に帰国して、1997年から外資系スポーツブランドで危機管理担当部署を設立しました。1998年の長野オリンピックや、2002年の日韓ワールドカップ危機管理及び警備責任者を担当しています。その後、独立してZOASを独立しました。私の名前をネットで検索すると渋谷で行っている宿泊型の被災訓練「SHIBUYA CAMP」の情報が出てくると思います。 企業向けの危機管理コンサルの実績も22年間になりますし、陸上自衛隊海外派派遣部隊のミッショントレーナーという仕事も受けています。2013年のアルジェリア人質事件からは、官公庁へのアドバイザーも務めています。テロ対策の専門家は日本では少ないですし、私は日本で唯一「危機管理」をテーマにした経営管理学の博士論文を書いていましたから。
浅野:私が務めるミッショントレーナーとは、文字通り「任務(ミッション)を完遂できるように教育を作成し、実施することができる人」です。私がトレーナーを担当している陸上自衛隊海外派遣部隊はの任務は、海外の特定地区に最初に乗り込んで平原に宿営地を設営し、二次部隊が来たら引き継ぐことです。先遣部隊ですね。当時の自衛隊は「もしも」の場合の戦闘訓練は積んでいましたが、こういった領域はカバーしていなかった。 現場は不確実ですから、情報 - 判断 - 活動から成る「IDAサイクル」というメソッドが有効です。簡単に言えば、どれだけ早く判断し、反撃または回避するか、ということです。同時に、俯瞰的な考察も求められます。例えば海外派遣される自衛隊員にとって、派遣前の家族との接し方や、家族にどこまでの情報を開示するか、といった点をコントロールするのもミッショントレーナーの仕事です。これが実際に、派遣先の隊員の行動に大きく影響するのです。
浅野:そもそも、危機管理とは何でしょうか? 危機管理には5段階あり、大きく「リスク」と「クライシス」に分かれます。第1段階が「回避」です。ここまではまだ危機が起きていない「リスク」です。2段階目は「ダメージコントロール」で、ここからはもう発生しているので「クライシス」に入ります。 [gallery link="file" columns="1" size="full" ids="7840"] ダメージコントロールで覚えておいていただきたいのは、この段階では「自助」、つまり自分の安全を守ることが最優先であるということです。ダメージコントロールは、いかに被害を減らすかということです。例えあなたが誰も他人を助けられなくても、あなた自身が助かれば、それは被害をひとつ減らしたことになるのです。他人を助ける「共助」は道徳的に美しいですが、この段階では最優先事項ではありません。 その後、第3段階として医師などの「専門的組織投入」、第4段階として「ダメージリカバリー」、つまり復興へと進みます。最後に「検証と改善」があって、この5段階のサイクルを回していくことが「危機管理」なのです。
浅野:例えば、海上を泳ぐ人の足元に、巨大なホオジロザメが迫っているとします。これが皆さんのビジネスが置かれている状況だと仮定してみてください。 この状況でどうするべきかを当事者として考えれば「助けを呼ぶ」「逃げる」「水中に潜ってサメを威嚇する」といった選択肢が思いつくと思います。ところが、多くの企業ではこれと同じ状況になっているのに「足がつったらどうしよう」「低体温症になったらどうしよう」「溺れたらどうしよう」といった議論をし続けていないでしょうか。 リスクであるうちはそれでもいいかもしれませんが、クライシスとして眼の前に迫っているときには「そのサメを今すぐどうにかする!」以外に選択肢はないはずです。もちろん、目の前のことだけが全てではないので「その次に起こること」くらいまでは考えておく必要はありますが。
浅野:少し前に「バイトテロ」が連日ニュースになりましたが、今、それぞれの事案の内容とそれが起こった店を全部覚えていますか? 覚えていない事案がほとんどではないでしょうか。私たちの記憶はそのくらい曖昧です。でも、実際にそれが起こった企業は、今でもとてもセンシティブに対策を協議したり実施しているはずです。対応は必要なのですが、そこだけに集中して視野が狭くならないような注意が必要です。 子供がなりたい職業のトップクラスにYouTuberが入ったこともよくニュースになります。これが良い悪いではなく、私達が子供のころにはとても予測できなかった変化ですよね。これからの時代やビジネスを考えるときに「見えない未来」のことはあまり考えすぎず、「今見えていること」をベースに考えたらよいのではないか、と私は思います。
浅野:イノベーションの代名詞となったGAFAやUberといった企業のビジネスを見たとき、彼らはそもそも「イノベーションを起こそう」としたのでしょうか? 私には彼らに共通しているのは「したいこと=欲求」に忠実に行動したことのように見えます。 Uberの創業者は、サンフランシスコであまりにもタクシーが捕まらないことにストレスを感じて、「それなら自分でつくってやる」というモチベーションから起業しています。欲求を満たそうとした結果、イノベーションが起きたと考えるのが妥当でしょう。 イノベーションは結果であり、目的ではない。つまり、イノベーションは「自分がしたいこと」の先に見えてくるものなのではないでしょうか。
浅野:それでは、皆さんの「したいこと」を探してみましょう。そのためには3つの質問をします。「皆さんは何屋ですか?」「何ができますか?」「そのできることで何をしましょうか?」 私が自衛官を教えるときも、企業クライアントとお付き合いするときも、この質問を最初に投げかけます。そこで自分の「あり方」を見つけて認めないと、そこから先に進むことができないのです。 そして「できること」が見つかったら、それを「目的」に変えていけばいいのです。「できること」であれば大きな投資や組織改編も要らないはずです。逆に「できないこと」を目的化するのはとても困難です。人間は「できないこと」を無理にやろうとすると、無意識のうちに本能的かつ生物的なストッパーがかかってしまいます。 私の例で言えば「ボディガード」であり「人を守ること」が原点です。私がやっているビジネスもすべてこの延長線上にありますし、悩んだときはこの原点に立ち返ってくれば、どうするべきかの答えがすぐに出ます。
浅野:私たちがなにか新しいことを始めるとき、過去に成功した例かを真似ようとしてしまいがちです。しかし、これには意味がありません。過去の成功を真似しても、未来の成功は約束されないからです。むしろ、「こうやるほうが正しそうだ」という確証バイアスに引きづられて、失敗の確率が上がるかもしれません。 それだったら、先程の「皆さんは何屋さんですか?」から始まる問いに答えて、下から積み上げるように「できること=目的」をつくっていく方が勝算が高そうです。直接的に「未来」を良くすることはできませんが、未来につながる「今」を良くすることが、必ず未来につながっていくのです。 私たちは「時代の中継ぎ」です。私たちが死んだ後も、子供たちやその次の世代によって日本は続いていきます。私たちの世代がいきなり試合を終わらせる必要も責任もないのです。私たちが生きる時代を、少しでも良くして未来に引き継ぐことが、私たちの役割ではないでしょうか。
第2部では、2018年の「DBICシンガポールイノベーションプロジェクト」に参加したメンバーのうち、日本ユニシスの山本恵美様(「日本の地方都市部におけるラストワンマイルの移動手段」)と、東京海上日動火災保険の高橋昌道様(「精神的な悩み・痛みから心の健康を守る」)から、帰国後の社内でのプロジェクト進捗状況についてご報告をいただきました。 日本ユニシスの山本 恵美 様 東京海上日動火災保険の高橋 昌道 様
第3部では、DBIC代表の横塚裕志がメンバー企業に対して2019年度活動方針のアップデートを発表しました。また、副代表の西野弘からは2019年の経営幹部向け海外探索ミッション日程や訪問先の案内がありました。第3部については詳細なレポートをニュースコーナーに掲載しておりますのであわせてご参照ください。
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