【横塚裕志コラム】世界の「アジリティ経営」と日本の「現場依存型経営」

IMDが発表する世界競争力ランキング2024 で、日本は38位とまた順位を下げた。課題は「ビジネスの効率性」が低いこと。その大きな要因は、「経営のアジリティ」が低いことにある。DBICが発足してからランキングを注視しているが、日本の低迷・ビジネスのアジリティの問題は変わらない。改善の傾向がみられない。
日本企業がアジリティの改善に努力をしているのかどうか、私には情報がない。しかし、日本企業の中でもっと「アジリティの改善」に関する議論がなされてもいいと思うのだが、それも聞こえてこない。IMDが毎年警鐘を鳴らしてくれているのに、なぜ日本企業は反応しないのだろうか。

1.日本企業が「ビジネスアジリティ」に反応しない理由(私見)

IMDの競争力調査に対し、日本企業の経営幹部がアジリティについて「低い」と回答しているにもかかわらず、改善の議論が盛り上がらない理由を考えてみた。
6月25日のこのコラムで「日本は現場にベテランがいる 世界は本社にプロがいる」 を書いた。この中で、ビジネス哲学の日本と世界の違いを指摘している。

(そのコラムから一部を再掲)

「ビジネス活動の哲学」そのものが、日本と世界は大きく異なっている。日本は、「強い現場に依存する」哲学で、各現場がカイゼンを繰り返すことで成長するとする考え方。世界は、本社が業務プロセスから組織分担まで各組織に介入し、全体最適を目指すとする考え方だ。従って、日本は「現場の人が頑張る」以外の選択肢を考えたことがない。

この哲学の違いが、アジリティの低さにも出ているのではないかと私は推測する。アジリティというのは、「マーケットや様々な状況を敏感にキャッチしたうえで、全体最適の観点で本社が経営戦略を大きく変化させること」と解釈すれば、日本企業の「現場依存型」は全く正反対の経営だと理解できる。本社は現場に介入しない経営なのだから、アジリティは各現場の範囲の中での小さなテーマでしかないわけだ。現場は、自分の組織の中での改善だけを考える集団であり、例えば、自組織の撤退など起案することなどありえない。
もし、これが理由だとすると、これをひっくり返してアジリティが高い経営にすることは経営哲学の変革を伴うわけで、相当難度が高いと思われる。議論が盛り上がらない事情も推測できる。

2.日本の「現場依存型経営」が引き起こしているさらなる問題

  1. 取引先の固定化
    各事業本部がその事業の安定化、効率化を考えれば、多くの取引先との密な関係を構築していくことは自然であり、系列化することのメリットは大きい。販売面でも、販売会社と密な関係をつくることは合理的だ。結果、取引先までを含めた大きな事業グループがつくられ、固定化していく。
    こうなると、例えば事業の撤退とか、製品の廃止などの戦略は、取引先企業の経営問題にもなり、仲間を守るためには撤退など意思決定できない事態となる。アジリティとは正反対の経営モデルとなっている。
    経営モデルが固定化されている中では、いくら「アジリティ経営」を叫んだところで身動きできない。日本企業のアジリティに関する本質的な問題はここにあるのではないか。
  2. パーパス経営もデータドリブン経営もDXもお題目
    本社は各事業本部に介入しない、という「現場依存型経営」を採る限り、本社が設定する「パーパス」が各事業本部の意思決定プロセスに踏み込めるかは疑問だ。各事業本部は、クローズなムラ社会を形成し、組織を守ることを最優先とした論理で動く。多くの業界で「不正事案」が露呈しているが、クローズな組織故の現象だろう。そういう現場に、組織横断の新しい経営方針を伝え、各現場の意思決定ロジックを変えることは、かなり難しいことに違いない。さらに、リソースの配分まで全社最適な本社介入を行うことができるのだろうか。
    こういう組織力学の中では、パーパス、データドリブン、DXいずれも表面的なアリバイはつくれても、本質的な構造改革にはならないだろう。その前にやるべき改革が必要だ。「現場依存型」から「アジリティ型」に経営を変革することから始めなければ、すべてが表面的になってしまう。
    IMDが競争力の大きな要素として「ビジネスアジリティ」を取り上げていることに、あらためて深い意義を感じる。

3.世界の「アジリティ経営」を必死に学ぶべきではないだろうか

自動車産業で、EV化・ソフトウエア化への変革が求められ、他の産業では、中国マーケットの突然の変化に合わせた機敏な経営が求められるなど、「現場依存型経営」の限界を感じることが多い。
欧米では、本社主導の「アジリティ経営」が当たり前に行われているが故に、欧米の経営学者はことさらに「アジリティ経営」を語らない。従って、日本人の我々が自分たちの意志で、欧米の「アジリティ経営」の実情をもっと深く学ぶ必要がある。全体最適を目指す意思決定とはどういうものか、誰がその企画をしているのか、その人材はどのように育成しているのか、各事業部門と本社との関係はどうなっているのか、役員の権限はどうなっているのか、取引先との関係はどうなっているのか、などなど、学びたいことがたくさんある。
もちろん日本の「現場依存型」にもメリットがあることは間違いない。ただ、日本企業だけの特殊な経営方式のままで世界と伍していけるのか、それを深く考え、改革をするのかどうかを経営者が判断するしかないだろう。

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